思考の整理学 (ちくま文庫)
- 作者: 外山滋比古
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1986/04/24
- メディア: 文庫
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テクニック寄りな気もするんですが、思考する、ということについてのヒントが盛りだくさん。
帯の「東大・京大」で1番読まれた本、ってのに釣られてしまうのは本書でいうところのグライダー型人間なわけで、まぁ読むべき人ってことなのか。釣られない人は読む必要のない人。うまくできてるな。
ある程度かんがえながら生き残ろうとしてる層であれば、割と普通のサラリーマンでも、本書ぐらいの内容はおさえてると思うのです。最高学府の学生にそこまで有り難がられる本であるということは、グライダー型人間の悩みの深さは思ったより深刻ということなのだろうか。
問題は親として、こういったセンスをどうやって子供に伝えていくことが出来るか。残された時間は少ない。
もう1点、カードノートの管理方法のあたりとか、やはり手書きベースの時代の話なので、その労苦は相当なもんだったんだろうなぁ、とか、私たちの世代はITの恩恵によってプロセスを省略できてる部分があるんだけど、それと引き替えに失っているものもあるはずだ、とは思う。浮いたコストを何に投じるべきか、もっと意識しないといけないな。
メモ:
- P.41 努力をすれば、どんなことでも成就するように考えるのは思い上がりである。努力しても、できないことがある。それには、時間をかけるしか手がない。幸運は寝て待つのが賢明である。
- 時間をかけてでも取り組みたいことを適当な数だけ持ち続ける努力が大事ってのは、近場のゴールだけを目指すのとはだいぶスタンスが違いますね。なるほどねぇ。
- P.67 セレンディピティという言葉の由来は、18世紀イギリスの「セイロンの三王子」という童話から。よくものをなくす三王子、さがしていると予期していないモノを掘り出す名人だったそうな。
- P.70 周辺部のもののほうがかえって目を引く。中略。寝させるのは、中心部においてはまずいことを、しばらくほとぼりをさまさせるために、周辺部へ移してやる意味をもっている。そうすることによって、目的の課題を、セレンディピティをおこしやすいコンテクストで包むようになる。
- P.115 頭をよく働かせるためには、この”忘れる”ことが、きわめて大切である。頭を高能率の工場にするためにも、どうしてもたえず忘れていく必要がある。中略。価値観がしっかりしていないと、大切なものを忘れ、つまらないものをおぼえていることになる。
- P.163 同じ専門の人間同士では話が批判的になって面白くない。めいめい違ったことをしているものが、思ったことを何でも話し合うのがいいという信念に達した。
- 三人会、の話。 #koryu_ob は、まさにこれだなぁ、と。
- P.200 読書の必要を訴える声はしばしば耳にするけれども、多くそれは量的読書である。質的に見れば、ただ知るだけのAの読み、既知の延長線上の未知を解釈するBの読み、さらにまったくの未知に挑むCの読みという三つは、はっきり別のものである。
- P.215 人間らしく生きていくことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創造的、独創的である。コンピュータがあらわれて、これからの人間はどう変化していくであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそまさに創造的思考である。
- P.223 何か考えたら書いてみる。その過程において考えたことが、 It seems to me から、すこしずつ I think へ向かっていく。我々は誰でも、こういう意味でのエッセイストになることができる。