モバイル・コンピューティング

モバイル・コンピューティング

モバイル・コンピューティング


モバイル、という言葉に弱い世代だと思う。


1995年に大学入学と同時に使い始めたのは、CompaqのConturaシリーズ。重くはあるものの、コンピュータは持ち歩けるものだという認識からスタートした。


それ以降、もっと軽くて速くて便利で面白いものを求める過程において、
モバイルというのは常に重要な指標の一つとして存在していたような気がする。


もう少し下の世代になると、モバイルは当たり前すぎて逆に重要性は
薄れていくんでしょうね。


PalmにモデムつないだりNewtonのキーボードをつないだりしてたころが懐かしい。NECのモバイルギア(DOS版)のキーボードは快適だった。


最近では、モバイルコンピューティングなんてのは、もはや死語というかコモディティ化してますよね。それこそワイザー氏が言うところの消え去る技術?


そんな微妙な時期の気になるタイトルであったことと、誰かの書評で先端技術の紹介だけでなく、そこへ到る歴史的な経緯についても詳述されている、というあたりが引っ掛かって読んでみました。


最終的には今後のUIの方向性とコンピューティングの役割の変化みたいなところの話だと思うんですが、たしかに今もてはやされていることの大部分はコンセプトとしては昔から存在していて、それが長い年月をかけてどう実現されてきたか。そこにおける様々な制約からの解放プロセス(技術面だけじゃない!)は読み応え有るというか、仕事がら語れるようになっておきたいところです。


いやはや、とても為になりました。ヒント盛りだくさん!


あ、デジタルフォトフレームはユビキタスコンピューティングを体現したものね、なるほどね。




以下、メモ。

  • 今後10年間で情報機器の主流は、従来の据え置き型PCからモバイル端末へと大きくシフトするだろう。それに伴い、これからのUIはGUIから徐々に離脱し、自然言語を軸とする「仕事中心の情報処理(TaskCentricComputing)」へと変化していくだろう


  • ApplicationBasedComputing、
    • まずはブラウザを立ち上げて情報を集め、次に表計算ソフトを起動してデータ処理し、それを基にワープロを立ち上げて報告書を執筆する」


  • TaskCentricComputing
    • 報告書を作成する
    • ユーザの仕事に合わせて、アプリケーションがごく自然にスムーズに切り替わり、その間におけるデータの受け渡しも自動的に実行される


  • 人間の活動に基づく情報処理:ActivityBasedComputing


  • ArtificialIntelligence(人工知能)とIntelligenceAmplification(知能増強)


  • 図的表現を紙などに書き出す、つまりシンボルを外部化して操作することにより、人は個人の記憶力や理解力を補い、また人間同士の協力も可能となる


  • スピーチインタフェースにおける捜査の自由度と端末の使いやすさの関係
    • 極度に制限的あるいは究極の自由度という両極端のケースでは問題が生じない(それ以外では当惑する)


  • コンテクストに基づく情報処理
    • コンピュータがユーザの置かれた状況を感知し、そこで必要な仕事を自動的にこなしてくれる


  • 広義のAR
    • 人の身体器官や能力そのものを、コンピュータの力で補強・拡張する


  • 実世界指向
    • LBSやAR、あるいはコンテクストに基づく情報処理などは全て「実世界指向」という大きな枠組みの中でとらえることができる。実世界指向とは、パソコン画面という仮想世界に閉じた従来の情報処理から脱却し、モバイル環境のように開かれた現実世界を舞台に、そこでの広範囲な活動をサポートする情報処理を意味する。


  • 読者(消費者)からみて、紙の書籍の問題点は、その物理的な管理の難しさにある。人は物心ついてから死ぬまでにいったい何冊の本を読むのか想像もつかないが、そうした大量の引っ越しをするたびに大量の書籍を、無数の段ボール箱に詰めては開く作業を繰り返してきたはずだ。なぜ、そんな苦労をしてまで、一度読んだ書籍を保有し続けるのだろうか。それは愛読した書籍が、読者の人格の一部となっているからだ。だからこそ逆に年月を経て散逸してしまった書籍には哀惜を覚える。電子ブックはこれらの問題を解決する。


  • マーク・ワイザーの「21世紀のコンピュータ」の一節
    • 最も深遠な技術は(表舞台の背後へと)消え去る技術である。それらは日常生活に織り込まれ、ついには、それを見分けがつかなくなるのだ(The most profound technologies are those that disappear. They weave themselves into the fabric of everyday life until they are indistinguishable from it.)。」
    • 消え去る技術、日常生活(環境)にまぎれて見えなくなる技術というところが、ユビキタスコンピューティングの本質
    • 筆記におけるペンやインクの位置づけ
    • 電気モーターは当初、1個のモーターに多様なアタッチメントをつけて大工道具や床掃除や料理につかう存在だった
    • そこでは高度な情報処理機能を備えた「時計」や「ペン」や「窓」や「ドア」などが登場する。これらは人間が長らく親しんできた日用品や道具、装置といったものが、そのUIを半ば維持したまま、コンピュータとして生まれ変わったものである。
    • スマートフォンは電話機をコンピュータ化したもので、デジタルフォトフレームは写真立てをコンピュータ化したもの(!)


  • 人間の認識が「身体的」→「視覚的」→「記号的」と成長するのに対し、「UI」は逆に「記号的」→「視覚的」→「身体的」という順に進化するのだ


  • 身体的な方がよりプリミティブで、人間に元々備わった性質である分、操作は直観的だが、それを人工的に実現するのは難しい。逆に記号的な方は、操作は難しいが、実現は容易である。


  • センサセルの目的は「人々の暮らす環境全体を、情報処理のインタフェースとする」こと


  • 人が装置を操作する必要はない。装置が人の動きを感知して、自動的にサービスしてくれるからだ。